クソゲーばっかになったよな・・・

 皆さんどうも、ミズタカです。

 新作ゲームをダイレクトや公式サイトで見ると、いやはや時代は進んだものですね。私が学生のころはオープニングを見るだけでワクワクする良いゲームが多かったと思いますが、今のゲームは本当に美麗なグラフィックを追及しているのですね。

 さて、私も昔はかなりのヘビーゲーマーで、買ってもらったゲームを狂ったように何度も何度もプレイした者です。なのでこの手の新作ゲームの話題はついついチェックしてしまうのですが、その度に思うことがあります。

 「なんだ?この違和感は…」ということ。

 これは私がおそらく人生を色々経験し、月日が流れ、精神的に変化した結果導き出される感情だと思うので、必ずしも全ての人には当てはまらないと思います。


 私もティザートレーラーやPV、公式サイトで色々と確認すると、最新技術の表現の幅や現代的な雰囲気を醸し出す昔馴染みのキャラクターを見て、まだ鳥肌が立つ年代ではあるのです。とてもやってみたい…そんな感情が胸中に湧き上がってくるのです。が…

 「いや、もういいかな。買うのは非現実的だ。恥ずかしいし…」と、幼いころとの精神的な違いの方が激しく脳を満たすのです。

 もう私は素直にゲームを買って楽しめる人間ではなくなったのだな…と、ひしひしと感じます。私の家族は小遣い制ではなかったので、誕生日の時にゲームを買ってもらう以外、ゲームを手に入れる方法がありませんでした。この「買ってもらっていた」というのが重要で、自分でお金を稼いで色々購入できるようになった今の私にとって、ゲームの優先順位は限りなく低くなっていたのです。

 「自分でお金出して買うほどのものではないな…。」と思うようになっていたのです。下手をすれば「買ってもらっていたからいつまでもゲームをやっていた?もういらないとなっていたら、とっくにゲームは止めていたのでは?」という疑念も私は持ちました…。

 大人になるということは、こういったところでも言えるのでしょう。「ゲームに時間を割くより自分の活動を進めたい」「ゲームやってると恥ずかしい」「ゲームより大切なことってたくさんあるよな?」…。すこし前までは時たまゲームをやると懐かしくて悲しい気分になるくらいだったのですが…。

 もう数年、ゲームに触れていません。そうなってくると、やはり「自分にとってゲームはその程度のものだったのか」と思ってしまいます。改めて思い返してみたも、ストーリーが面白いゲーム、音楽がゲームに噛み合っていてかっこいいゲーム、動かしているだけで楽しいゲーム、などはやってよかったと思います。しかし、その他のただ戦うゲームやキャラ重視のゲームは、プレイする価値が無かった、と思います。


 大人になるという話の続きで、、ゲームから感じる昨今のゲームの作り方やゲーム界の近況などの方が気になるようになってしまいます。「各社、各チーム、自分たちの生み出したキャラクターを存続させていくのに必死だな…」ということ。

 「今までの有名キャラクターたちも、もうアップアップの状態で、機会があればどんな形でも姿をお披露目させたいと飢えている。そこに、今回のスマブラのようなお祭り騒ぎ系のゲームに乗っかってどんどん自分たちの(各会社や開発チームの作った)キャラクターを主張させていこう」という販売戦略に出ざるを得ないほどになってきているということです。

 どこのゲーム会社も、間違いなくかつての繁栄は無くなったでしょう。だから大手様にあやかるしかない。そんなところでしょう。

 やはりスマホによるゲーム業界の浸食はかなり深くまで進行していたと言えます。スマホゲームの方はクオリティの高いものから低いものまで多種多様で「数撃ちゃ当たる」的なのが否めません。据え置きゲームの壮大感や密度は、やはり容量的に不可能なのでしょう…(少人数運営の会社が多いのが求人等の情報から見てとれ、スマホゲーム開発会社の雰囲気は悪くはないのかも?)。

 だからこそ、据え置きゲームは据え置きゲームならではのクオリティを目指さなければならない…そんな流れを感じると、ゲームで飯を食うことがいかに難しいか、不安定か、媚を売るかということが痛いほどわかって純粋にゲームを楽しめなくなります。

 しかし、それが「会社運営」「ゲーム開発・販売促進営業・本体機器の開発、工場運営」ということ、つまり「社会で働き、貢献し、飯を食う(金を作る)」ということなのでしょう。従業員の給料を支払うには、ゲームといえども売れるモノを作らなければならない。売れないと思われるもの、0(ゼロ)から作られたノンキャリの新製品などはほとんど陽の目を見ることができないで終わります。


 それが社会です。会社員です。自分のやりたいことは出来ません。会社側の(上の)要望に応えるのが従業員の役目です。それを果たさないと給料出ません。当たり前です。世の中は散々そう言って切りつけてきます。自分がボロボロになったとしても。

 芸術活動で飯を食うなんてほとんど不可能です。ましてコネも無く、一般人が自分ですべてやっていくとなると…(インターネットをフルに活用出来たらどうだろうか?)。私も働くようになって、大人を知って、社会を知って、自分でアカウントを作って活動してみて、わかりました。

 世の中はゲームじゃありません。やり直しが利きません。人生は一回きりですが食っていかなくてはいけません。屋根のあるところに住んで暮らしていくには家の家賃、水道光熱費、ガソリン代、税金、その他もろもろの金が必要です。服を着るには購入する金が必要です。


 ゲームでどれだけ強くても、どれだけやり込んだとしても、どれだけ大好きでずっとやっていたくとも、一般庶民全てにこの請求は来ます。ゲームって、そんなもんです。全く力になってくれません。現実を忘れさせてくれるだけのものだったと、私は散々ゲームをやってきて思いました。ゲームは無駄です。出来るなら関わらない方がいい。もしハマったとしても、早いうちに物心をつけて勉強やら内職やらアルバイトやら仕事やら自分の作品を作ること、したほうがよっぽどいい人生になります。その方が若いうちからスタートダッシュを切ることが出来ます。取り戻せない所まで来てから気づくのではもう遅い、自分のやりたいことは早くに手をつけた方が間違いなくいい。ゲームはそれを邪魔すだけの存在だと私は思います。スマホゲームはもっと下劣で、ただの暇つぶし用だと思っています。

 大手ゲーム会社やその他ゲーム会社にとってもゲーマーたちにとっても、もっと派手に色々なキャラクターがごちゃごちゃと参戦した方がばか騒ぎにもつながるでしょう。
 これも時代なのでしょう。ゲームのキャラクターたちの場合、意志はありませんからね。存続する、しないは全て会社の方針に委ねられてしまいます。それが現実です。企業としてやっていくには当然の判断です。

 心苦しいのもありますよね。少なくとも私はあります。ゲーム業界は廃れたのが目に見えてわかります。もう「出尽くした」のでしょう。かつてのワクワクは、夢は、消えましたね。有名なキャラクターが「いる」のではなく「リアルに生まれ出てきていた」時代の勢いを想像するだけで若き血潮が煮えたぎります。昭和のバブル期のようなイメージですかね?そういう「新しいものが生まれ出てくる」っていうの。

 今のゲーム業界は平成というクソ時代と同じく「一発屋ばかりの、マンネリ化した、ルーティンな世の中」と同じだと言えます。


 …空しいことばかり書きましたが、新しいゲームをプレイする人達もいるわけです。現代のキッズたちやゲームに明け暮れる人(もういないと思うが、スマートフォンの影響で)には、その都度、その時のゲームがプレイされるのでしょう。課金する人もいるのでしょう、最近のギャルゲーのように。私はそれについては一切言及も批判もしません(課金する者が身内にいたら縁を切りますが)。新しいゲームをやるやらないは一人ひとりの自由なので。ただ、私なりの昨今のゲームに対する意見を今回書かせていただいたまでです。

 これからのゲームをプレイされる方、どうぞ心行くまでお楽しみくださいませ。

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